やきもの日記 ~とある窯元の主張~

熊本駅ホテル 『THE BLOSSOM KUMAMOTO』 オープン!

西川智成作 子ザル 双葉

西川講生作 三耳壺

西川智成作 面取傘立

2021年4月23日、熊本駅にオープンするホテル
「THE BLOSSOM KUMAMOTO」

アミュプラザくまもとの9階~12階、JR九州ホテルズの宿泊主体型ホテルです。

そのホテルのロビー等に私が制作した子ザルや傘立て、父が制作した皿や三耳壺を設置していただけることになりました!(^^)!

昨年末から制作を進めてきまして、3月にほとんどの作品をなんとか無事に焼き上げました。

特に『子ザル 双葉』は思い入れのある作品ですので感慨深いです。
以前紹介したエピソードですが、改めて紹介します。

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【サル 双葉】
熊本地震があったその日、その時間に この作品を制作していました。
大きな被害はありませんでしたが揺れが怖く、数日の間 工房に入らない日が続きました。

久しぶりに制作を再開すると、作りかけのサルから双葉が生えていることに気づきました。
粘土の中に植物の種が入っていたようです。

災害のあったタイミングで双葉が生えていたことに希望を感じ「なんだかいいなぁ」と。
生えていた双葉は自宅の目の前に植え、代わりに粘土の双葉をサルにつけました。

2021年4月12日(月) 西川智成

一生でどれだけ仕事ができる?

窯焚き中の登り窯

「一生で300回」

この数字は果たして多いのか…?少ないのか…?
私にとっては、とても少なく感じます。

これは一生のうちの窯焚き回数なのです。
※年6回×50年という単純計算ですので、実態とは少し違うかもしれませんが…(^^;

なんとなく日々の仕事をしていると特に考えませんが、改めて「あと何回焼けるんだろう?」と考えました。
20歳~70歳まで事故や病気などのアクシデントなく仕事をしても300回しか焼けないと考えると、とてつもなく少ない気がしまして…。

20代のうちからこんなことを考えんでも良い気もしますが
「人生が3周あれば、頑張って1,000回くらいは焼けるのにな~!」なんて思ってしまいました。

なんだか日々の取るに足らないことで動揺して制作の手を止めてしまうのは、とてももったいないなぁと。

まあ目の前の仕事を地道に進めるのは変わりませんが、一回一回の窯焚きを大切にしていこうと思う今日この頃なのでした。

2021年2月2日(火) 西川智成

2021年 制作の目標について

石の杖をつくミノタウロス

明けましておめでとうございます(^^)
小代焼中平窯の西川です。

今回は今年の目標について箇条書きで書いていきます。
まぁ、個人的なメモのような性質が強い文章ですが、今年の終わりにでも見返すと新しい発見があるかな~と(^^;
少しばかりお付き合いください…!

【釉薬について】
・梅花皮釉を完成させる。
・新しい原料で藁灰釉、土灰釉、透明釉系の実験を成功させる。

【器について】
・食器の形や雰囲気を和食器・洋食器で意図的に分ける。
・和食器は古小代や古陶磁の雰囲気を大切にする。
・洋食器はシンプルなデザインを心掛ける。

【お茶について】
・5年、10年単位で気長に。
・小代焼の本流を意識する。

ざっとこんな感じです(^^)
あとはその都度、課題を見つけて取り組んでいこうと思っています。

ちなみに1月2日(土)より営業しております。
本年も小代焼中平窯を、どうぞよろしくお願いいたします!

2020年1月3日(日) 西川智成

お茶を習い始めました(^^)

自作の灰釉茶碗

タイトルの通り、今月から少しずつお茶を習うことになりました!

前々からお茶道具に興味はあったのですが中々踏み出せずにいました…(^^;
今回はご縁がありまして、熊本市内で月2~3回ほどお稽古をしていく予定です。

私自身、古小代を見るときに雑器に面白みを感じることもあるのですが、お茶道具の方により魅力を感じていました。
※お茶道具の方が優れているということではなくて、私個人の好みの問題です。

今は右も左も分からない状態ですが、ちょっとでも制作の糧にしていければと思います(^^)

2020年12月16日(水) 西川智成

富本憲吉氏について

【現代陶芸の造形思考】

【現代陶芸の造形思考】
大学時代からたまに読み返している本ですが、未だに100%は理解できていません。

表紙は富本憲吉氏の白磁大壺。

富本氏は「模様の作家」「民芸運動の立ち上げメンバー」として、陶芸界で有名です。

しかし、当時としては珍しく 作家として模倣の延長ではない独自の表現を模索していたり、
後に民芸(というより柳宗悦氏)にかなり強く反発して訣別したことは あまり知られていないように思います。

個人的には富本氏に賛成or反対みたいな強い感情は無いのですが、現代に繋がるとても重要な歴史の1頁としてとらえています。

以下、富本氏の言葉です。
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『造らんとする壺の外線を心におきつつ轆轤すれば、軟らかき陶土の無数の異なりたる外線は内に外にうごきて止まず。われはこれを「線の戦い」と名づけたり。』‥1914年
※現代陶芸の造形思考より

『だが、しばらくするうちに、彼らの主張に根本的に私と相いれぬものがあるのを発見したのである。私は民芸派の主張する、民芸的でない工芸はすべて抹殺されるべきだというような狭量な解釈はどうにもがまんならなかったのだった。』‥年代は不明
※出川直樹氏の著作より

2020年11月19日(木) 西川智成

【小代焼中平窯 秋の展示会】無事に終了しました(^^)

2020年10月30日~11月3日の5日間、小代焼中平窯にて『秋の展示会』を開催し、無事に終了しました(^^)

世界中が厳しい状況が続いていますが、本当にありがたいことに多くのお客様にお越しいただきました!
ありがとうございました!


会期を2日→5日にしたことで、ある程度 密集を避けた展示会になったかと思います。
暫くはその他の新型コロナ対策も徹底し、今回のような形で展示会を行っていく予定です。


小代焼中平窯の陶器は全て手作りであって一点物が多いです。
さらにサイズや形を揃えた数物であっても、作品一つ一つに個性があります。

微妙な違いを見比べながら作品を直に選ぶ楽しみは、窯元ならではの体験だと思いますし、中平窯ではそこを大切にしたいと考えています。


取り敢えず片付けを済ませてから粘土作り・薪の整理を行い、作品制作の準備を進めます。
いくつか新作の構想がありますので、来年にはお見せできるように頑張っていきます!(^^)!

2020年11月7日(土) 西川智成

ソラシドエアの機内誌『ソラタネ』掲載!!

小代焼や中平窯について掲載していただきました。

ソラシドエア機内誌『ソラタネ』

航空会社ソラシドエアの機内誌『ソラタネ』に小代焼中平窯を見開きで紹介していただきました!(^^)!

現在は新型コロナの関係で、機内ではなく搭乗口あたりに設置してあるそうです!

取材では順番に小代焼の制作工程を見ていただき、小代焼や中平窯についてお話ししました。
丁寧にまとめていただき、ありがたいです!ご縁に感謝します。

ソラシドエア

2020年11月6日(金) 西川智成

NHK熊本 『クマロク!』に出演しました!

取材の様子

対面販売とネット販売についてお話しました

10月22日(木)に夕方のニュース番組『クマロク!』に出演しました!(^^)!

“コロナ禍の小代焼”として、小代焼の現状について多面的に取り上げていただきました。
①小代焼web展示会について
②他業種とのコラボについて
③現地での対面販売について
という切り口で取材していただき、他に小岱焼末安窯さんと小代焼岱平窯さんも出演されました。

①小代焼web展示会について
小代焼に限らず、全国の陶器市やイベントの中止・延期が続き非常に厳しい状況です。

そのような中、小代焼窯元5軒が集まり『小代焼web展示会』を10月の1か月間開催しました。
web展示会は終了しましたが、数件の窯元では今後もネットショップを継続していきます。
(小代焼中平窯ではコロナ対策を徹底しており、10月からは少しづつお客様が戻ってきています。大変ありがたく思います。)

②他業種とのコラボについて
小代焼岱平窯さんは南関町の箸メーカー「ヤマチク」さんとコラボされ、竹箸とお碗のセットを限定販売されました。

また孟宗竹の灰釉を使ったお碗も出品され、地域や素材の繋がりを大切にしたコラボであったようです。

③現地での対面販売について
中平窯の対面販売&展示会について取材していただきました。

ネットショップも運営していますが、素材感や微妙な色味は写真だけで伝えるには難しいところもあります。
今年初めの段階では新型コロナは未知の病でありましたが最近では「こういう対策が有効である。こういう行動は控えたほうがよい。」というのがある程度分かってきました。
もちろん油断は出来ませんので可能な限りのコロナ対策を徹底した上で、現地での対面販売を続けていきます。

2020年11月2日(月) 西川智成

黄小代梅鉢(江戸後期) 展示中です!(^^)!

黄小代梅鉢 部分

黄小代梅鉢 全体

江戸時代後期の作と思われる古い小代焼を展示中です!
※時代はあくまで推測です。

梅鉢という特殊な器で、お皿にそば猪口とか小枝がくっついたような不思議な形をしています(^^)
私が知っている範囲では江戸時代の小代焼にしか見られない形状です。
(私の知らないだけかもしれません!類似品をご存じの方はお問い合わせフォームからお知らせいただけるとありがたいです^^;)
また、色合いは黄色っぽくて所謂「黄小代」と呼ばれる発色です。

有田の九州陶磁文化館の方にお話をうかがったところ「宗教的に特別な日に使ったうつわではないか。」とおっしゃっていました。
ただ、決定的な証拠はないようで あくまで推測のお話のようでした…。

まあ梅鉢が一体何なのかは置いといて、中平窯ギャラリーで展示中ですので、お越しの際はご覧いただけると嬉しいです!(^^)!

2020年9月25日 西川智成

本の紹介 【魯山人陶説】

魯山人陶説

北大路魯山人氏

“つまらない人間に限って、あさはかな了見で計画的に造る作品は、ピントがはずれているのみならず、卑しく嫌みで見られない。”


美食家、陶芸家、書道家など 様々な顔で知られた北大路魯山人氏の著作「魯山人陶説」。

魯山人氏は毒舌家としても有名で同時代の陶芸家、鑑賞者、料理人などなど ことあるごとに著名人を罵倒しています(笑)

最近の陶芸本で、ここまではっきり自己主張したものには出会えないので なかなか貴重な書籍です。(賛否は置いといて)

昭和陶芸界に多大な影響を及ぼした方々の本を持っていますが、最近は魯山人氏のものを読み返すことが増えてきました。
罵倒の中にハッとさせられる言葉、耳が痛い言葉が見つかります。


以上、昭和~現代まで賛否両論ある北大路魯山人氏の紹介でした。
因みに「魯山人味道」という本の方では毒舌は抑えられていて、美食家としての一面が垣間見えます。

2020年9月25日 西川智成

小代焼 初のweb展示会!!!

web展示会 チラシ

中平窯オンラインショップ

中平窯オンラインショップはこちら


2020年10月1日~10月31日に初のweb展示会を開催予定です。
会期中のみ中平窯オンラインショップでお買い上げ2,000円以上で送料無料となります!(^^)!

昨今の厳しい状況で、福岡県での合同展は中止となってしまいました…(-_-;)
今回の合同展はそんな中でも小代焼を楽しんでいただきたいという取り組みです。

慣れない作業も多く四苦八苦しつつですが、現在準備を進めています!

最近は「不要不急」という言葉が飛び交い、その単語自体がなんだか悪者のようになっています。
しかし古今東西、人間の文化的な活動(メインカルチャー、サブカルチャー、趣味全般)はすべて不要不急です。
現在のいろいろと難しい状況の中、どうやって「不要不急である文化的活動を楽しんでいただくか」を考えています。
※もちろんできる限りのコロナ対策を行うことは前提です!!

まだまだ手探り状態ですが、今後とも小代焼中平窯をよろしくお願いいたします(^^)


中平窯オンラインショップはこちら


【参加窯元】
・小代焼ふもと窯
・小岱焼末安窯
・小代焼中平窯
・小代焼岱平窯
・松風焼野田窯

2020年9月12日(土) 西川智成

熊本地震後、希望の双葉

サル 双葉

復興が進む熊本城 2020年8月16日(日)

【サル 双葉】
熊本地震があったその日、その時間に この作品を制作していました。
大きな被害はありませんでしたが揺れが怖く、数日の間 工房に入らない日が続きました。

久しぶりに制作を再開すると、作りかけのサルから双葉が生えていることに気づきました。
粘土の中に植物の種が入っていたようです。

災害のあったタイミングで双葉が生えていたことに希望を感じ「なんだかいいなぁ」と。
生えていた双葉は自宅の目の前に植え、代わりに粘土の双葉をサルにつけました。


 

8月16日(日)に【小代焼中平窯展】は無事に終了しました(^^)
会場までお越しいただき、ありがとうございました!

作品の荷解きを終えたら、また制作に戻ります。
今後とも宜しくお願いいたします。

2020年8月18日(火) 西川智成

半年ぶりの展示会

夏の有明海 材料の貝殻はここから拾ってきます。

7月17日(金)~21日(火)の5日間、【小代焼中平窯 夏の展示会】を開催しました。
その最終日にこの文章を書いています。

新型コロナの影響で1月の大阪dandelionさんでの展示会以来、実に半年ぶりの展示会です。
今月の初めは九州を中心に大雨が降り、例年以上に様々なことに気を使いながら準備を進めてきました。


今回はプレスリリースをすべて取り止め、ハガキでのお知らせも熊本県を中心に地域を限定してのご案内となりました。

普段とは違う形式の展示会となりましたが常連のお客様を中心に多くの方に来ていただきました。
日本全体で厳しい状況が続きますが、そのような中お越しいただき とてもありがたく思います。


これから新しい薪窯を作ったり 新しい釉薬の実験をしたり、今はやりたいことがあれやこれやと頭に浮かんでいる状態です。
少しでも良いもの、焼き物として面白いものを作れるよう制作を続けていきます。

今後とも小代焼中平窯をよろしくお願いいたします。

2020年7月21日(火) 西川智成

社会科見学について

登り窯見学

ロクロ実演

昨日は地元の小学校(私の母校でもある)の社会科見学でした(^^)
土作り→ロクロ→釉掛け→登り窯と順番に見学してもらいましたが、皆さん熱心に話を聞いてくれて嬉しかったです。

自分が小学生の頃を振り返ってみると「釉薬」「窯」というのはイマイチ理解していなかったので、それを小学生にどう伝えるかを かなり悩みました(^^;
どれだけ伝わったかは分かりませんが、少しでも心に残ってくれるとありがたいです!

ちなみに、一番人気はやっぱりロクロ!
土が生き物のように形を変え、あっというまに器になる様子には歓声があがっていました。
(そのリアクションを見ただけでも、見学を受け入れて良かったと思えました^^)

意外と地元の伝統・文化というのは知らないものです。
小学生のうちから小代焼に触れてもらえるというのはとてもありがたいです!
あまり敷居を高くせず、気軽に見に来ていただけると嬉しいな~と思います。


小代焼中平窯では「小代焼の歴史や制作背景も含めて楽しんでいただきたい!」という思いがあり、普段から工房見学を行っています。
ご希望の方はお気軽にスタッフへ声をお掛けください!

工房見学について

2020年6月23日(火) 西川智成

古小代 魚形皿の公開を始めました!

古小代 魚形皿

古小代 魚形皿

今月より江戸後期の作と思われる『魚形皿』の展示を開始しました(^^)

図録に登場する作品はよくヒラメやカレイとされていますが、展示中のお皿はタイをモチーフにしているように見えます。
このお皿以外にも三耳壺、茶碗、水指、雲助などの古い小代焼を公開中です。


小代焼中平窯では「制作背景や歴史、地方性も含めてお客様に体感していただきたい!」という思いがあります。
そのため普段から古作の展示や工房見学を実施しています。


また、以前ネット上では小代焼の歴史等について不正確な情報を載せていたり、正確なものであっても文章量が少なかったりするサイトが多い状態でした。

専門的な内容が多いので一般的なお客様には関係ないことですが、
「小代焼を深く知りたい」という方のためにこのホームページを通して歴史・制作過程に関する事柄を発信していきます!(^^)!

2020年6月12日(金) 西川智成

小代焼 ~その発祥と作風~

瓶焼窯跡 江戸時代の小代焼窯跡

白小代茶碗 江戸中期作と思われる茶碗

↑上の茶碗でお茶を点てた様子

今回は小代焼の発祥と作風について書きます(^^)

ちなみに小代焼の歴史については以下のページにまとめていますので、興味のある方は参考にしてください。
・小代焼の歴史
・牝小路家と葛城家
・瀬上窯について


小代焼は福岡県の上野焼陶工(牝小路家と葛城家)が細川家の肥後入国に伴って小代山(現:小岱山)に移り住み、焼き始めたというのが通説です。

他の説が提唱されることもありますが、現時点で最も証拠が残っており 有力とされるのは上記の『上野焼陶工(牝小路家と葛城家)の移動によって小代焼が開始された』という説です。

私自身、2019年に細川家時代の上野焼窯跡を視察したのですが、窯跡からほんの数100mの地点が「かつらぎ」という地名だと知って感動した記憶があります。


小代焼の特徴として藁灰釉(もしくはイネ科の植物灰を使用した釉)と流し掛け技法の多用が挙げられます。
この特徴は江戸時代から現代までほとんど変わることなく受け継がれており、他産地と比べても変化が少なく 伝統的な手法を受け継いできた焼き物だと思います。

誤解の無いように書きますが、「伝統を守ってた方がエラい!」とか「革新を繰り返す方がスゴい!」とかの良し悪しを言いたいわけではなく、そのような事実があるということです。


私の見解ですが、焼き物の技法・作風が変化することには以下の3つの要因が大きく働くように思います。


①生産規模と消費規模が大きいこと
②他産地との交流・他産地の技法を積極的に取り入れる気質がある
③藩主(もしく当時の権力者や指導者)の好みの変化


①は九州であれば、当時の都市部や海外へも輸出していた唐津焼が典型的な例かと思います。
単純に生産規模が大きければ それだけ陶工や窯の数も多く、多様な技法・製品が生まれやすい環境となります。
また、大規模生産・大規模消費の唐津焼は販売先の好みに合わせて目まぐるしく作風を変化させました。

私たちが唐津焼と聞いて想像する斑唐津、朝鮮唐津、絵唐津は小代焼が制作され始める時代にはすでに作られなくなっていました。
また、焼き締めの作品や天目形茶碗、織部好みの茶碗など多種多様な製品が生み出されています。
ちなみに古武雄(弓野焼)は比較的長く続けられたようです。

一方、小代焼は瀬上窯開始までは牝小路家・葛城家の一子相伝で 共同窯を1年交代で使用する程度の生産量でした。
江戸後期までは卸売りもしておらず、表向きには民間への販売も行われていませんでした。
出土状況から見て、藩外への輸出もほとんど行っていません。
(仮にあったとしてもごく小規模)


②は小代焼の場合 江戸後期の瀬上窯開始までは一子相伝であり、牝小路家・葛城家の時代に 他産地の陶工が小代焼生産に関わったという明確な記録はありません。

男ノ子焼陶工が 1600年代の半ば以降に小代山(現:小岱山)に移り住んだという説もありますが、当時 小代焼を一子相伝で制作していた牝小路家・葛城家と男ノ子焼陶工を繋ぐ資料は見つかっていません。

ちなみに後期高取焼とは交流があったようで、釉薬の調合法が伝えられました。
しかし、銅釉以外は特に採用されなかったようです。

小代焼では刷毛目、象嵌、鉄絵、釉薬で文字を書こうとしたもの等の作例も見られますが、「注文があったからやってみた。」とか「一応試してみたが主力の技法にはしなかった。」というような印象を受けます。
あくまで主力は「藁灰釉」と「流し掛け」です。

詳しい原因は分からないのですが、次で述べるような「細川家の好み」の問題で他技法を採用しなかったか、ひょっとしたら陶工の気質も関係していたのかもしれません。


③は、その時代の藩主(もしくは権力者や指導者)の好みに合わせて作風が変化するということです。
有名な好みに「織部好み」や「遠州好み」があります。

藩主の好みが作風に影響を与えた例として 小代焼に一番近く、かつ対照的なものに上野焼が挙げられます。
小代焼の源流となった上野焼は細川家時代では、後の小代焼や初期高田焼に繋がるような作風です。
これは、おそらく細川忠興 もしくは細川忠利の好みであると思われます。

しかしその後、細川家が肥後入国してからは小笠原氏が藩主となり、新たな茶道師範の加入、陶工の代替わり等が重なって 薄作りで釉薬の種類が多いものへと作風が変化していきます。
特に江戸後期には、技巧に重きを置いた装飾の多い作風になったようです。

一方、小代焼の産地である肥後では 細川家の肥後入国以降は国替(幕府が大名の領地を差し替えること)がなく、基本的に細川家好みの作風で一貫していたと思われます。


これら3つのことが、小代焼の作風がほとんど変化しなかった原因ではないかと私は考えています。


以上、小代焼の発祥と作風を長文で書いてしまいました…(^^;
私の個人的見解も混ざっているので「こんな考え方もあるか~」くらいで捉えてください(笑)

歴史や特徴のページにはもう少しまとまった形で書いているので、そちらも読んでいただけると幸いです。

2020年5月14日(木) 西川智成

盗む人

展示会中の野外展示 中平窯のお客様は良い方ばかりでありがたいです(^^)

自分で書いておきながら穏やかでないタイトルですね…^^;


今回は文字通り“盗む人”がテーマです。

普段の展示場ではめったにありませんが、人がごった返すような合同展や陶器市なんかでは「あれ?包んだ覚えがないのにぐい呑みが無くなってるな…。」ということがたまに起きます。

そうです。作品を盗む人がいるのです…!


父が一勝地焼で修業していた時代は“民藝ブーム”(民藝については、またの機会に書こうと思います。)があって、山の中にある窯元にも大勢のお客さんが訪れていたそうです。

その時代にも“盗む人”はいたようで…。


不自然に開いた傘を持っている人が、ぐい呑みや一輪挿しなどの小さな品物を傘の中に放り込んで帰っていくことがありました。


そんな時に父の師匠は問い詰めることもなく
「盗んだ品物と一緒に悪い因縁も持って帰ってもらったんだ。気にすることはないよ。」
と言っていたそうです。


父から話を聞き、とても信心深かった師匠を表すエピソードだな思いました。

2020年4月29日(水) 西川智成

休業について

窯元・代表 西川講生

今回は窯元の主張という趣旨からはズレるかもしれませんが、
しばらくの間休業することになりましたので、そのお知らせです。

世の中は新型コロナの話題ばかりですが、熊本県でも休業要請・休業依頼が出されました。

これまではアルコール消毒、換気、マスク着用などの対策を行って営業していましたが、休業依頼を受けてお休みすることにしました。
期間は4月22日~5月6日です。

思えば3月の「陶器-梅まつり」に始まり「酒蔵ツーリズム・酒器展」「天神大丸 企画展」「春の展示会」「新作カップ展」
さらには6月の「しょうぶ祭-窯元展」とことごとく中止となってしまいました。

作品を直接見ていただける機会がなく、作り手としては非常に残念に思っています。

今月~来月はひとまずオンラインショップ・ネット通販を充実させ、作品を見ていただける機会を作っていきます。
また、インスタライブを利用した工房見学や作品説明も行う予定です。

早く新型コロナが終息し、直接お客様に作品を見ていただいたり工房見学のご案内ができる日々に戻ることを願っています。

皆様がそれぞれに大変な思いをされていることと思います。
どうぞ、お体に気を付けてお過ごしください。

2020年4月23日(木) 西川智成

古小代の里へ行こう!

古小代の里 奥は駐車場

瀬上窯 駐車場のすぐ横

瓶焼窯 瀬上窯から300mほど坂を上った所にある

今回は江戸時代の小代焼窯跡の紹介です(^^)

小代焼中平窯のある荒尾市のお隣、南関町の「古小代の里」では江戸時代に稼働していた瓶焼窯跡、瀬上窯跡を自由に見学することができます。

現在の小代焼窯元は荒尾市が最も多いのですが、その発祥は南関町と言われています。
※16世紀の小代焼生産については分かっていないこともありますが、
現時点で最も資料(陶片や文献などなど)が残っているのが瓶焼窯、瀬上窯に関連するものです。

他県の窯跡も見たことがあるのですが、「古小代の里」はかなり保存状態が良く、立て看板で窯跡の解説をしてあるのでおススメです!


例年3月には「陶器・梅まつり」として荒尾玉名地域の窯元を中心とした陶器市が開催されています。
今年は残念ながら新型コロナウイルスの影響で中止となりました…(-_-;)

普段はあまり人と接触することなく歴史を見て感じることができる場所ですので、世の中が落ち着いたらぶらっと散策に出かけてみてはいかがでしょうか(^^)?

2020年4月7日(火) 西川智成

別の視点から見る『民芸』

実は数か月前にインフルエンザに罹って、自宅内で隔離されていました…^^;
おかげで本を読む時間がたっぷりあったので、今回はその感想を書いていこうかと思います。


1冊目は加藤唐九郎氏の『やきもの随筆』初版1962年
2冊目は出川直樹氏の『民芸 理論の崩壊と様式の誕生』1988年

立場の違いや書かれた年代を超えて、2つの本はあるキーワードで意見が一致します。

そのキーワード『民芸』です。


書店で民芸特集の本を読んでもなんだかフワッとしているというか、
「手作りっていいよね~(^^)」という内容ばかりで物足りなさを感じていたので、これらの本は読みごたえがありました。
(フワッとしていること自体が悪いとは思っていません(^^;
むしろ初めて興味を持った人のためには大切なことですし、工芸の幅を広げてくれるありがたい存在だと思っています。)


柳宗悦氏の思想や民芸理論について
加藤氏はカトリシズムや柳氏の貴族性という切り口から批評し、出川氏は社会主義的側面や民芸理論の破綻という切り口から批評しています。

その批評を比べると
「民芸理論は生身の人間や、民衆が当たり前に持っている個性を否定している。
また民芸調・民芸風の品物を作ることはできるが、本当の意味で柳氏の理想とする民芸を作り出すことはできない。」
という内容で一致しています。


その後の展開として

加藤氏は「民芸作家の作品は民芸風であっても個人作家の作品であるので、その創造性をきびしく評価し鑑賞する必要がある。」

出川氏は「民芸理論は様々な部分で破綻しているが、柳氏の審美眼は素晴らしい。これを理論ではなく柳氏の“好み”や“様式”と捉え、民芸様式の質や価格を市場経済に任せれば発展できる。」

という結論に達しています。

この結論は二人の立場(加藤氏は陶芸作家、出川氏は工芸研究家)を端的に表しているようで、とても興味深いです。


書籍の数としては民芸を肯定するものが圧倒的に多いと思いますので、別視点の内容にも触れるとなかなか面白いものです(^^)

2020年4月4日(土) 西川智成

窯の神様

焼成中の作品

中平窯では登り窯には神様がいると考えています。
窯焚きの時には米・塩・酒を登り窯に捧げ,二礼二拍一礼をしてから焚き始めます。


ちなみに神社等で二礼二拍一礼を全国的にするようになったのは昭和に入ってからで、比較的新しい作法のようです。
江戸時代は神様への敬意が表れていれば、どんな作法でも問題にはなりませんでした。


父が修業していた1970年代は、今以上に“窯の神様”への信仰が厚かったそうです。
父の師匠である故・成田勝人氏は熊本県最南部にある一勝地焼の10代目でした。

父の師匠は窯焚き1週間前から水をかぶって体を清め、毎日お経(祝詞ではなかったそうです。)をあげていました。
いざ窯焚きの日が近づくと、窯の周りを注連縄でぐるっと囲い神聖な場としました。

その当時の修業先では窯場に女性は入れませんでした。
しかし、ひょんなことから師匠の奥様が窯焚き中に入ってしまい ちょっとした騒ぎになった事が父の記憶に強く残っているそうです。


時は流れて現在(2020年)の中平窯では、そこまで厳しい作法はありません。

しかし、窯に祈りを捧げ火を入れた瞬間の時間・雰囲気というのは なんとも言えない感覚になります。
なんと言うか、気が引き締まる特別な時間です。

こういう言葉ですべてを説明できないことこそ、大切なんだろうなと思っています。

2020年2月15日(土) 西川智成

クロザル ~自撮りをしたサル~

クロザル面

クロザル面

私は家業としての小代焼の制作以外に、動物をモチーフにした置物やお面も作っています。

私自身と鑑賞者 ともに感情を入れやすく、またヒトに近い動物ということでサルをモチーフにすることが多くあります。
今回はお面のモチーフにした「クロザル」というサルの逸話を紹介します。(今回は焼き物と関係ない話題です…^^;)


クロザルはインドネシア・スラウェシ島に生息するサルの仲間です。
このサルは「自撮りをしたサル」として2014年に有名になりました。

2011年にイギリスの写真家デイヴィッド・スレイターがクロザルの撮影のためにカメラを三脚に設置し、カメラのリモートスイッチをクロザルが触れることができるような形で放置しました。
あるメスのクロザルがそのリモートスイッチを押し、自撮りをしたのです。

カメラの持ち主であるスレイターは当然、自身に写真の著作権があると思っていましたが、サルは法律上の人ではなく著作権を持つことが出来ないため写真に著作権は発生しないという指摘を受けることとなります。

結局、2014年アメリカ合衆国著作権局は人間以外の動物による作品はアメリカにおける著作権の対象とはならないと宣言しました。
さらに2016年アメリカ合衆国連邦裁判所でサルは画像の著作権を有しないと判断されました。


サルが自撮り(サル自身にその認識はないでしょうが…)したことで、裁判にまで発展したことが面白く、クロザルはお気に入りのモチーフです(^^)
ちなみにこの騒動をきっかけに、動物愛護団体がサルにも著作権が認められることを求め裁判を起こしたそうです…^^;

2020年1月28日(火) 西川智成

最近読んだ本について

「民芸 理論の崩壊と様式の誕生」

10月に登り窯を焚きながら(窯焚き前半はけっこうスローペースなので、本を読む余裕がある)読んだ本の紹介です。

出川直樹氏「民芸 理論の崩壊と様式の誕生」

内容は好き嫌いが分かれそうな感じでしたが、最近読んだ本の中では一番興味深く読むことができました(^^)



端的にまとめると
『柳氏の審美眼を認めつつも、民芸理論や民芸運動の矛盾点を丁寧に指摘する。
そして、民芸は理論としては矛盾点が多いが「民芸様式」や「宗悦好み」という立ち位置であれば矛盾も無く、今後の発展もあるのではないだろうか。』
という内容でした。

柳氏の著作(「工蓺の道」「民と美」など)を読んだ後に「民芸 理論の崩壊と様式の誕生」を読むことで全体が理解できる内容かなと思いました。


私個人として印象的だったのは「民芸様式の特質」として民芸の特徴が淡々とまとめてある部分でした。

「民芸」の話をするときは肯定するにしても否定するにしても感情的になる場合(柳宗悦本人や北大路魯山人などは象徴的です。)が多いという印象を持っていたためです。

「これは正しい」「あれは間違っている」という事ではなく ただただ柳氏の好んだ様式が箇条書きで示されていました。

今まで、私の中では柳氏を「生きている個人」として認識していました。
しかし、感情的な深入りをせずに歴史の1ページとして距離をおいて「民芸」を論じるあり方は新鮮でした。

従来の民芸理論に親しんでいると 受け入れにくい内容も含まれていますが、新たな視点を気付かせてくれる貴重な一冊です。

2019年11月3日(日) 西川智成

“昔ながら”の作り方とは…?

江戸時代に稼働していた「瓶焼窯」跡

中平窯が携わっている「小代焼」は約400年間、技法(特に藁灰釉や流し掛け)が大きく変わらずに受け継がれています。

時代に合わせて主体となった技法が変わったり、途絶えたりする焼き物がある中で珍しい事例だと思います。

しかし、生産の形態には時代時代で変化があり、一概に「昔は○○だった。」とは言えません。



まず江戸初期から後期までの200年間ほどは二つの家(牝小路家・葛城家)による一子相伝の時代があります。

この時期は卸売をしておらず、両家が一年交代で一つの窯を使うという小規模生産・小規模消費の時代でした。

制作する器としては藩の役所などで使う茶器類が多かったようです。

小代焼の歴史の中でも、かなり長い期間この形態をとっていました。



江戸後期になると瀬上窯が築かれ、職人を雇って生産し 卸売をするという大量生産の時代が数十年間ありました。
幕末に瀬上窯から分かれた野田窯でも、従業員を雇って生産していたようです。
(時期によって人員の増減あり)

この時期に民間用の多種多様な製品(食器に限らず湯たんぽ・味噌漉し・蒸かし器なども)が作られています。



激動の幕末~明治、その後に大正~昭和~平成をへて現在は12軒の窯元が熊本県内で活動しています。
小代焼の窯元数でいえば歴史上 最多です。

江戸時代の小代焼を代表する牝小路家・葛城家・瀬上家は現在小代焼の制作には携わっておらず、現在活動中なのは昭和~平成に開窯した窯元が大半です。



こうやって歴史を遡っていくと、時代に沿って生産形態が移り変わっていったことが分かります。


中平窯としては伝統的な「藁灰釉や流し掛け」に魅力を感じているので、その技法を突き詰めていこうと思っています。

しかし、ただ漠然と“昔ながらのやり方”を目標にするのではなく「いつの」「どんな」“昔ながらのやり方”が理想なのか?とういことを意識して作陶していきたいと思っています。

2019年9月14日(土) 西川智成

窯元で直売することの価値 ~モノを売るだけで終わらない~

ワインカップ 一点ずつ個性があります。

登り窯の見学の様子

焼締ぐい呑み 酒器は特に作品性が強く出ます。

小代焼中平窯では窯元での直接販売を中心に活動しています。

この“作り手が制作現場で直接販売をする”という方法には、ただ単にモノを売り買いするという事以上の価値があると思っています!


私が考える価値というのは主に2つあります。

手作りの魅力が詰まった「一点物」をお客様に見ていただける。
作品の背景(作り方や歴史)について、作り手本人が説明できる。


まずについてですが、手作りの魅力を一番感じるのは「一点物」であると思っています。

窯元での販売以外でも「手作りの一点物」に出会うことはありますが、直接販売以外では作品の自由度や一点物に出会う頻度というのは ある程度の制限がかかるでしょう。

(大阪のdantelionさんには手作りの良さを理解していただいており、一点物も多数取り扱っていただいています。)

大まかな形やサイズはある程度揃えますが、その瞬間瞬間で判断して細工を変え、釉薬を使い分けるという即興性が作品をのびやかにして重々しさや硬さを取り除いています。

特に小代焼の特徴である「流し掛け」という釉薬の掛け方は偶然性の強い技法であり、「商品なんだから、同じような模様にしなければ…!」と考えながら作っていると魅力が半減してしまいます。

また作り手から見ると「原料の調合を少し変えてみよう。」「焼き方に変化をつけてみよう。」と考えた時に、身動きが取りやすいという利点があります。

自分の理想を実現させるため、自分が思い立った時にすぐに実行に移せるのです。

ちなみに個展であれば作品の自由度は高いですが、制作現場を感じていただくという面では難しいです。


そしての作品の背景については、中平窯では制作現場の無料見学を行っています。

制作から展示・販売までを一貫して行っている窯元でしか出来ない体験です。

作り手以外で説明できる方もいらっしゃいますが、正直「う~ん…訂正するほどじゃないけど、その説明の内容は ちょっと違和感があるな~^^;」と思ってしまうことも、たまにあります。

その点、作り手が説明すれば細かいニュアンスを伝えられますし、質問に対してもきちんと答えることができます。

また、数点ですが江戸時代に作られた小代焼も展示しているので「何が現代まで受け継がれ、どの点が時代とともに変化したのか。」ということも感じていただけます。

背景やルーツについて知ることでより生活が豊かになるということは陶器に限らず、音楽・芸術・スポーツ・ファッション・食文化・漫画やアニメ・趣味全般などなど共通ではないでしょうか?


「良い作品を作る!」という事は作り手にとって大前提ですが、より価値を感じていただける方法をこれからも模索していきます(^^)


2019年7月26日(金) 西川智成

焼き物屋がホームページを作ったワケ

窯焚きの様子

私がホームページの運営を始めて3年の月日が経ちました。

焼き物を生業としている「窯元」はそれなりの軒数がありますが、継続的にホームページを運営している窯元となると そう多くはないと思います。


私がホームページを始めた最初の動機は“多くの方々に中平窯を知ってもらうため”です。

ホームページを運営し始めてからは県内外を問わず初めてのお客様に出会うことが多くなり、当初の目標に少しずつ近づいてきました!


それと同時にきちんとした小代焼の情報(歴史とか特徴とか)を、求めている人に届けたいとも思うようになりました。

そのため販売に直接は繋がらなくても、現在は小代焼の歴史などの情報を載せるようにしています。

…かなりマニアックな内容なのでどれくらい見てもらっているか分かりませんが^^;


作陶の合間に情報発信をしているので不定期になりますが、当ホームページが少しでも小代焼の理解に役立ってくれれば…!と思っています。


2019年6月30日(日) 西川智成

営業時間 9:30~17:00

定休日   水曜日、木曜日

電話番号  0968-68-7326

住所 熊本県荒尾市樺1192

 

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