小代焼中平窯 ~熊本の窯元~

やきもの日記 ~一勝地・修業時代の巻~

一勝地のイノシシ猟

1970年代、父は人吉球磨村の「一勝地焼」で修業をしていました。

当時は焼き物の技術を身に付けるだけでなく地域の寄合や行事にも参加しており、その中でも記憶に残っているのは“村人総出のイノシシ猟”です。

※以下の文章は現在調整中です。

盗む人

自分で書いておきながら穏やかでないタイトルですね…^^;


今回は文字通り“盗む人”がテーマです。

普段の展示場ではめったにありませんが、人がごった返すような合同展や陶器市なんかでは「あれ?包んだ覚えがないのにぐい呑みが無くなってるな…。」ということがたまに起きます。

そうです。作品を盗む人がいるのです…!


父が一勝地焼で修業していた時代は“民藝ブーム”(民藝については、またの機会に書こうと思います。)があって、山の中にある窯元にも大勢のお客さんが訪れていたそうです。

その時代にも“盗む人”はいたようで…。


不自然に開いた傘を持っている人が、ぐい呑みや一輪挿しなどの小さな品物を傘の中に放り込んで帰っていくことがありました。


そんな時に父の師匠は問い詰めることもなく
品物と一緒に悪い因縁も持って帰っているんだ。気にすることはないよ。
と言っていたそうです。


父から話を聞き、とても信心深かった師匠を表すエピソードだな思いました。

2019年8月31日(土) 西川智成
一勝地焼の土瓶

幻の高沢焼 窯跡調査に参加

高沢焼とは熊本県球磨郡で作られていた焼き物です。

しかし一代で廃絶したと言われ、今となっては聞きなれない窯名となっています。


父が20代で修行していた一勝地焼とも球磨川を挟んで近い地域にあり、父は20代半ば頃に行われた窯跡調査に参加しました。


父は焼き物の世界に入ったばかり、右も左も分からないような時でした。

そのため調査は「古い焼き物のことはよく分からんけど、とにかく山の中を歩いた。」という感想でした…^^;


球磨村教育委員会の調査報告には修業時代の父も写っており、今の自分と同じくらいの年齢と思うと感慨深いものです。


写真は高沢焼ではありませんが、18世紀末~19世紀の一勝地焼です。

調査報告を読む限り、高沢焼は一勝地焼と類似点の多い焼き物のようです。


2019年7月10日(水) 西川智成
古い一勝地焼の陶片

窯の神様

中平窯では登り窯には神様がいると考えています。

窯焚きの時には米・塩・酒を登り窯に捧げ,二礼二拍一礼をしてから焚き始めます。


ちなみに神社等で二礼二拍一礼を全国的にするようになったのは昭和に入ってからで、比較的新しい作法のようです。

江戸時代は神様への敬意が表れていれば、どんな作法でも問題にはなりませんでした。


父が修業していた1970年代は、今以上に“窯の神様”への信仰が厚かったそうです。

父の師匠である故・成田勝人氏は熊本県最南部にある一勝地焼の11代目でした。


父の師匠は窯焚き1週間前から水をかぶって体を清め、毎日お経(祝詞ではなかったそうです。)をあげていました。

いざ窯焚きの日が近づくと、窯の周りを注連縄でぐるっと囲い神聖な場としました。


その当時の修業先では窯場に女性は入れませんでした。

しかし、それを知らない師匠の奥様が窯焚き中に入ってしまい ちょっとした騒ぎになった事が父の記憶に強く残っているそうです。


時は流れて現在(2019年)の中平窯では、そこまで厳しい作法はありません。

しかし、窯に祈りを捧げ火を入れた瞬間の時間・雰囲気というのは なんとも言えない感覚になります。

なんと言うか、気が引き締まる特別な時間です。


こういう言葉ですべてを説明できないことこそ、大切なんだろうなと思っています。


2019年6月30日(日) 西川智成
登り窯で焼かれる作品

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営業時間 10:00~17:00

定休日   水曜日、木曜日

電話番号  0968-68-7326

住所 熊本県荒尾市樺1192

 

『小代焼 中平窯(しょうだいやき なかでらがま)』は熊本県荒尾市の窯元です。
小代焼の制作から展示・販売まで行っております。

営業時間:10:00~17:00
定休日:水曜日、木曜日
電話:0968-68-7326
住所:熊本県荒尾市樺1192

窯元代表:西川講生(にしかわこうせい)

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